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名古屋地方裁判所 昭和31年(行)12号 判決 1960年10月17日

原告 佐藤鉄之助 外三名

被告 愛知県知事

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が愛知県海部郡南陽村長の申請に基き昭和二十一年六月五日付で別紙第一乃至第四目録記載の土地に対してなした自作農創設維持事業の承認は無効なることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として(一)原告川口正一は農専業者でありその余の原告等は農業を本業とし、他に副業を営んでいるものである。(二)原告佐藤鉄之助は別紙第一目録中(イ)記載の農地を前地主たる訴外小塚一夫より(ロ)(ハ)記載の農地を前地主たる訴外伊藤伝より、原告鈴木守雄は別紙第二目録記載の農地を、原告川口正一は別紙第三目録記載の農地を、原告野田泰永は別紙第四目録記載の農地を何れも前地主たる訴外伊藤伝よりそれぞれ二十数年前から賃借耕作してきた。(三)従つて昭和二十一年に行われた所謂第一次農地改革に伴う農地解放に際しては本件農地は当然原告等に売り渡さるべきであつたのに拘らず葭簀製造販売を専業として全然農業を営んでおらず、且つ農業に精進する見込のない訴外角田六太郎に対して売り渡された。(四)訴外角田が本件農地を買い受けるに至つた原因は、訴外角田において本件農地が将来近隣の発展に伴い地価の騰貴することを見越し之を入手せんとして真実本件農地につき自作農創設をする意思がないのに拘らず、昭和二十一年四月二十三日海部郡南陽村長(その後同村は名古屋市に合併)宛に虚偽の自作農創設維持申請をなして同村長を欺き、因て同村長をして同日付南発第五十三号愛知県知事宛の自作農創設維持事業承認申請をなさしめた結果、同年六月五日付で右事業に対する被告愛知県知事の承認があり、訴外角田は同年八月二十日本件農地につき売買による所有権移転登記手続を了したのである。(五)かくの如く訴外角田の自作農創設維持申請は真実自作農たらんとしてなされたものではなく、自作農創設維持に藉口して本件農地を入手せんとしたものであるにも拘らず、被告は同訴外人が現に農業を営んでおり且つ農業に精進する見込のある者であるか否か並びに現に何人が如何なる関係において本件農地を耕作しているか等の点について適切な調査をなさず、漫然右自作農創設維持事業承認をなしたものであつて右承認は無効である、と陳述し、被告の本案前の答弁に対し原告等は何れも二十数年前から本件農地につき賃借権を有するのであるから、所謂第一次農地改革に伴う農地解放に当り本件農地を取得すべく自作農創設維持事業の申請手続をなせば之が承認を受け得、所有権を取得しえたものであるところ訴外角田の本件虚偽の自作農創設維持申請並びに之が承認により右権利取得を妨げられたものであつて、本件により原告等の請求が認容されゝば将来本件農地を原告等が取得する可能性が生ずる。仮りに然らずとするも原告等は本件農地につき裁判上の和解により確定した小作権を有するものであるところ本件農地の所在する南陽村は現在名古屋市に編入せられ将来市街地域として発展し農耕不能となることは必至であり、されば地主が何人なりやは原告等の権利の得喪につき重大な影響を及ぼすから原告等は確認の利益を有すると述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、本案前の答弁として、原告等の本訴請求は確認の利益がない。即ち所謂第一次農地改革の実施によつて自作農創設維持が奨励せられ、之が事業の承認を受けた者に便宜が与えられたのであるが、自作農創設維持事業の承認がなければ農地所有権の移転の効力を生じないものではなかつた。農地であつても耕作の目的に供するため売買がなされた場合には、その所有権の移転は民法の原則によるべきであつて該事業の承認があつたと否とに関係がないのである。本件農地においては前所有者と訴外角田との間において昭和二十一年六月五日農耕の用に供する目的を以て売買がなされたのであるから、たとえ被告のなした自作農創設維持事業承認に瑕疵があつたとしても右瑕疵は訴外角田の所有権取得に影響を及ぼすものではない。のみならず現行農地法においても仮りに本件農地が現在なお訴外伊藤伝、小塚一夫等の所有であるとしても、国が直ちに之を買収しなければならないものでもなく、又原告等は何れも専業農家でないし且つ自作農として農業に精進する見込ある者とも限らないから国が買収したとしても之を買い受ける適格者であるとも認め難い。他面農地の賃借人は新所有者に賃借権を主張しうること法令上明らかであるから、原告等が従前から有する耕作の権利は自作農創設維持事業の承認によつていささかも影響を受けることがないので叙上何れの点からみるも本訴は確認の利益を欠くと述べ、本案の答弁として、原告主張の農地の前所有者が訴外伊藤伝、小塚一夫であつて右農地を訴外角田が自作農創設維持事業によつて買い受け所有権移転登記を了し現に所有していること、原告等が本件農地を夫々引続き占有使用していること、南陽村長が訴外角田から自作農創設維持による本件農地の所有権の取得につき斡旋の申請があつたのに基いて事業計画を立て、被告に対し自作農創設維持事業実施の承認申請をなし被告が之に承認を与えたことは何れも認めるが、その余の事実は争う。所謂第一次農地改革当時自作農創設維持の承認を求めんとする者は耕作権を有する小作人或は賃借人であること又は現に農耕を業として営んでいることを必要とせられるものではなかつた。仮りに承認の要件である農業に精進するとの見込みが見込み違いであつて該事業の承認申請に対する被告の調査が充分でなかつたとしてもこれがためさきになした承認を無効ならしめる程の違法があるとはいえない、と述べた。

(立証省略)

理由

本案の当否につき審究する前に先づ原告等が本訴において被告のなした本件自作農創設維持事業承認の無効なることの確認を求める利益があるかどうかについて考えてみる。

訴外角田が昭和二十一年四月二十三日南陽村長宛本件農地につき自作農創設維持の申請をなし、同村長は之に基いて同日付南発第五十三号愛知県知事宛自作農創設維持事業承認の申請をなしたところ同年六月五日愛知県知事は之に対して承認をなしたこと及び本件農地は昭和二十一年六月五日付売買を原因として同年八月二十日前所有者等から訴外角田に対し所有権移転登記のなされたことは当事者間に争がない。

ところで当時施行せられていた農地調整法(昭和二〇年法律第六四号改正。第十五条を除き昭和二十一年四月一日より施行)によれば、第五条において農地の所有権、賃借権等の権利の設定又は移転は地方長官又は市町村長の認可を受けるに非ざればその効力を生じない旨規定しているが、第六条においてその例外規定を設け、同条各号に列挙の場合は第五条を適用しない旨を定め、その第二号において第四条第一項の自作農創設維持事業を行うため農地を取得する場合は地方長官等の認可を要しない旨規定している。而して、第四条第一項の規定は第四条ノ十により市町村が第三者の申出により第四条第一項の自作農創設維持事業として当該第三者をして土地の所有権を取得せしめる場合に準用されている。但し右の場合農地調整法施行規則第十二条により市町村が第四条第一項の事業を行わんとするときは地方長官の定めるところによりその承認を受けることを要する旨規定されている。

本件は正に此の場合に該当し、南陽村は訴外角田六太郎の申出により第四条第一項の自作農創設維持事業として同訴外人に本件農地の所有権を取得せしめんとし、愛知県知事の承認を得た上、右角田に所有権を取得せしめたものである。而して、原告代理人は本訴において右知事の承認行為の無効を主張し、因つて右角田の所有権取得を否定し、惹いて原告等の所有権取得の可能性を論じ承認行為の無効確認を求める利益の存在することを主張するものであるが、右主張を維持するためには先ず知事の承認行為が農地の所有権移転の効力発生要件であることを要するものと考えなければならない。そこで知事の承認行為が果してかかる性質を有するものであるか否やを考察するに、元来自作農創設維持事業による土地所有権の移転は農地を耕作の目的に供するための権利の譲渡に外ならないものであり、前記第六条の第三号によれば、農地を耕作の目的に供するために所有権を移転することは第五条の例外規定として地方長官の認可を要せずしてその効力を生ずるものである。即ち、当時施行の農地調整法においては耕作の目的に供するための農地の所有権移転は民法の原則によるべく、何等国家の統制を加えられなかつたのである。ただ、市町村等の第四条第一項の団体が自作農創設維持事業により農地の所有権の移転を行わんとするときは、国家においてその助成をなす等の必要上、市町村等のなす計画樹立につき国家機関たる地方長官の承認を受けさせることとし、省令たる規則においてこれを定めたのである。これによつてみれば、地方長官の承認行為は単に市町村等の自作農創設維持事業を行わんとする団体に対する行政機関の内部的意思表示と認めるを相当とし、農地の所有権移転の効力発生要件と認めるべきものではない。換言すれば、地方長官の承認行為の効力の有無に拘らず、耕作の目的に供するために所有権の移転が行われる限りは、当該農地の所有権移転は有効になされたものと言うべきである。

よつて本件において仮令愛知県知事の承認が無効であつたとしても本件農地の所有権は訴外角田に有効に移転し、同訴外人の所有権取得に消長を来すものではなく、従つて原告等の現在の本件農地に対する権利関係につきいささかの影響をも及ぼすものではないから結局本訴は知事の承認行為の無効確認を求める利益を欠くものと言わねばならない。依つて此の点において本訴請求を失当として棄却すべきものとし、民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤淳吉 小渕連 梅田晴亮)

(別紙目録省略)

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